第52回水環境懇話会 議事録(令和4年2月24日)
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第52回水環境懇話会では、長岡技術科学大学の渡利高大氏をお招きし、天然ゴムの製造工程から排出される廃水の処理技術の開発とその動向について講演いただいた。その後の質疑応答では参加者との活発な意見交換が行われた。
- 1.経歴紹介
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2015年長岡技術科学大学大学院・環境システム工学課程修了。2017年長岡技術科学大学助教就任、現在に至る。専門分野は微生物を用いた下水・工場廃水処理。今まで、インドネシアにおける染色廃水処理やタイにおける下水処理システム開発といったプロジェクトに従事されてきた。
- 2.講演及び討論内容
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天然ゴムの廃水処理に関する課題について、ベトナムでの事例に沿って、ご説明いただいた。
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①廃水処理の基礎
- 産業廃水は下水と比べて10倍から100倍以上汚染されている。
- 開発途上国では適切に処理されず河川等に放流されており問題となっている。
- インドネシアのチタルム川は首都ジャカルタにおいて従来水源とされてきたが、現在は染色廃水などによる汚染のため使用できない状況である。
- 廃水処理(好気性処理、嫌気性処理いずれも)から大量の温室効果ガスGHGsが排出されている。
- 下水道分野における温室効果ガス排出削減のポテンシャルは高く、学術的にもホットトピック。
- 下水と比べた産業廃水の特徴として、①有機物濃度が下水に比べ大幅に高い、②温室効果係数が高い亜酸化窒素N2Oが発生しやすいアンモニアを多く含む場合がある、③(特に途上国における)廃水処理技術が未熟であることが挙げられる。
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②天然ゴムの基礎
- 合成ゴムと比べて高い強度が特徴で、航空機用タイヤなどの耐摩耗力が必要なところで使用される。
- 合成ゴムに比べカーボンニュートラルである。
- タイ、インドネシア、ベトナムで世界需要の60%程度を生産している。
- ベトナム政府はコメ、コーヒー、コショウと並び重要な農産物に指定している。
- 天然ゴムの木から出る樹液を採取し、防腐剤としてアンモニアを入れて工場へ運び、工場で有機酸を入れて固め、プレスして乾燥させ、シート状にして、輸出する。
- 20-25m3/ton product の廃水が出る。
- 使用する有機酸の種類(タイ、マレーシア等:硫酸、ベトナム等:ギ酸、酢酸)により廃水の性質が変わる。
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③ベトナムにおける調査
- 2011-2020年にベトナムにおいて既存の天然ゴム工場の廃水処理システムの流入水と処理水の調査を実施した。
- 廃水の濃度は工場によって大きく異なり、ほとんどの工場で排出基準を超過した。特に窒素成分の超過が顕著であった。
- さらにベトナムのゴム研究所内にある廃水処理システム(60区画に分かれた開放型処理システムのラグーン法、滞留時間1週間程度)にて詳細に調査を行った。
- 処理工程で発生するガス成分を分析するための装置を自作し測定した結果、メタンガスに加え、処理中の脱窒により亜酸化窒素が発生していることがわかった。
- 原因は嫌気性のラグーンに存在する酸素による不完全な硝化反応が発生していることであり、亜酸化窒素が発生しやすい状態(低溶存酸素条件下、低COD/N比)だった。
- 下水処理に比べ単位処理量あたり約300倍のGHGsが発生していた。
- ラグーン法による廃水処理から発生する温室効果ガス発生係数を用いて世界全体の天然ゴム廃水から排出されるGHGsを計算すると、0.52億ton-CO2/yearと算出された。(日本全体2019年時点で12億ton-CO2/year)
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④ベトナムの近年の天然ゴム廃水処理の動向
- 排出基準が強化されているが、実際に十分に適切な処理がされているかは不明である。
- 強化された排出基準を遵守する解決策として、閉鎖型嫌気性処理システムUASB-DHSシステム(スポンジを使った処理)の適用を検討した。大量の残留ゴム分と窒素成分を除去する処理が必要であるため、前段にAnaerobic baffled reactorを組み合わせたABR-UASB-DHSシステムを考案した。
- ゴム研究所にてABR-UASB-DHSシステムの実証試験を実施したところ、CODやBODは排水基準を達成できた。しかし窒素成分は大幅に除去できたが、排水基準を少し上回った。
- 大気開放型から閉鎖型の処理システムへ転換することでGHGsを92%削減できることがわかった。
- 2020年時点もベトナムの天然ゴム廃水水質の改善は十分ではないと考えられるため、今回開発したような閉鎖型水処理システムへの移行が必要である。
- 社会実装への課題としては、廃水が季節性であること、高額な初期投資、運転管理(閉鎖型の処理システムには運転管理ノウハウが必要)が挙げられる。
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⑤新しい天然ゴムプロジェクト
- 2010-2016年 天然ゴム廃水からGHGsを大気へ排出しないための研究を実施中。
- 2021-2027年 タンパク質フリーの天然ゴムを作るプロジェクトおよびその廃水処理の研究を実施中。
- 2050年には天然ゴムを中心としたエコシステムを作りたいと考えている。
- 天然ゴムの廃水処理は衛生工学の一分野だったが、それ単独でイノベーションを起こすことのできる研究分野である。
- N2Oを経由しないメタン脱窒技術、リン資源回収等を考えている。
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⑥まとめ
- 天然ゴムだけでなく様々な産業廃水の処理工程から大きな環境問題が起きる可能性がある。
- 製造工程側で使用する薬品を変更する、削減するなどの対策を取ることも重要である。
- 3.質疑
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- ①社会実装に向けた課題のひとつとして廃水が季節性であることがあったが、他の廃水を利用して対処するなどの方法はないのか? ⇒年間4カ月ぐらいは完全に工場が停止して別の仕事を行うため誰もいなくなる。地理的に他の産業廃水で代用することは難しい。
- ②今回の廃水でソリッドCODの占める割合が大きかったが、凝集沈殿で回収してサーマルリサイクルなどはできないのか? ⇒回収して利用している(靴底など高い品質の求められないものなどへ)。
- ③N2Oを経由しないアンモニア酸化、メタン脱窒のところを詳しく教えてほしい ⇒中途半端な酸化をすると亜硝酸化されてしまうのでそれを回避する方法などを考えている。反応論的なところと、速度論的なところの両面からアプローチしている。
- ④運転管理に関して、今回検証したベトナムのゴム研究所では、ノウハウが必要なものを実装することができそうな素地があるのか? ⇒現地の方はノウハウを得ることには積極的。ただ、ノウハウ・技術を吸収した人間はより良い仕事へ移っていくので人を定着させるのは難しい。
- ⑤ベトナムでは基準値を超えても罰則や罰金は厳しくないのか? ⇒自分がプロジェクトを経験したインドネシアとベトナムを比べると、ベトナムはインドネシアよりも緩いように感じる。一方で法整備などは進んでいる。
- ⑥ベトナムでは製品に対して環境付加価値をつけるなどの流れは起きているか? ⇒ベトナムではまだなさそうである。マレーシアではかなりそのような動きが出ているようである。
- ⑦発電したとしても、ベトナムでは送電網が貧弱で遠隔地へ送電するのは難しいのでは? ⇒ご指摘の通り、送電は難しい。発電した電力は基本的に工場内で消費する。
- ⑧運転管理が大変だという話があったが、計器類をたくさんつけて自動化したりなどすると、現地からはどのようなリアクションがあるか? ⇒複雑にしてしまうと、トラブルが起きやすく、復旧できず放置されがち。オートメーションよりは、マニュアルのほうが良いと思う。ただし、それは5,6年前の話なので、今は状況が変わっているかもしれない。また、計器類などが多すぎると、盗難のリスクもあるのでその配慮も必要。
- s ⑨廃水のN2O発生量が下水に比べかなり多いという話だったが、その原因は? ⇒含有されるアンモニアの量が多いことと、転換率が高いことのどちらも原因である。
講演中の様子(Zoomにて開催) |