公益社団法人 日本水環境学会
水環境懇話会 活動報告

第53回水環境懇話会 議事録(令和4年9月26日)

増田 周平 氏
秋田工業高等専門学校
創造システム工学科土木・建築系

 第53回水環境懇話会では、秋田工業高等専門学校の増田周平氏をお招きし、下水再生水による酒造好適米の栽培、及びそれを用いた日本酒の醸造について、研究の動向や成果についてご講演頂いた。その後の質疑応答では参加者との活発な意見交換が行われた。

1.経歴紹介

2006年東北大学大学院工学研究科修了。仙台市役所建設局下水道建設局と財団法人建設工学研究会非常勤研究員・東北大学GCOEフェローを経て、2009年秋田工業高等専門学校の助教に着任、2014年に同准教授として就任され、現在に至る。今まで、水環境由来の温室効果ガスの発生特性、削減に関する研究や、下水道資源を活用した作物生産に関する研究に従事されてきた。

2.講演及び討論内容

下水再生水に含まれるリンや窒素の資源循環を目的とした、下水再生水による酒造好適米の生育とそれを用いた酒造の試みについて、研究の歩みや得られた成果、課題等をご説明いただいた。

①研究の背景と着想
  • 農林水産省のみどりの食料システム戦略や国土交通省のビストロ下水道に代表されるように、下水道資源の農業利用を促進する機運が日本で高まっている。特に下水道資源としての水や栄養塩の利活用が近年広がってきている。
  • 下水再生水とは、処理が行われた科学的に安全な水であり、植物の栄養となる窒素、リン、カリウムを含む。日本では中世から下水と農業で資源循環が実現されてきたが、公衆衛生が発展した現代では下水再生水をより衛生的に農業肥料として活用可能となっている。
  • 日本では化学肥料の原料はほぼ全量を輸入しているが、近年の輸入価格高騰に伴い、国内肥料価格が大幅に値上げされているとともに、供給困難となる可能性も示唆されている。
  • 水や資源の循環を通して、こうした肥料の問題を解決すること、及び窒素やリンの農業利用により環境負荷を低減することで、持続可能な地域社会の構築を目指している。
  • 秋田県は、新潟県、北海道に次ぐ全国3番目の米の生産地であるとともに、酒の消費量は全国で2番目に多いことが、本研究の基本的なアイディアのもととなった。
  • ②模擬水田試験
  • 2017年から2019年までは模擬水田試験により安全性の評価を行った。
  • 処理水は農業集落排水を、米は酒造好適米を用いた。
  • 模擬水田試験ではリアクター試験とポット試験を並行して実施し、化成肥料系と下水処理水系に分け、下水処理水系は投入負荷を変化させることで限界投入量や適正投入量の評価を行った。
  • 玄米品質の向上には粗タンパクを抑えることが重要であるが、処理水の投入量が多いほど粗タンパクが上昇する結果となった。ポット試験の結果、粗タンパクを推奨値に収めるためには、適正投入量を1~5 g-N/m2に抑えるように制御する必要があることが明らかとなった。
  • 醸造に関わる玄米品質については、千粒重(米千粒の重量)はいずれも適性値にあり、整粒歩合(米粒の形状の揃い具合)は多くが一等米に相当する結果となった。
  • 安全性として重金属の含有量の評価を行った。土壌はCuの含有量が若干高くなったものの、他の重金属は処理水の投入による影響はなかった。玄米にもCdの蓄積は見られず、影響は小さかった。
  • 投入した処理水の栄養塩が低減する結果も見られた。
  • 以上より、安全性が確保できること、醸造に耐えうるような酒米の収穫が可能であること、無施肥でも生育できること、投入負荷を調整することで品質の制御が可能であることが確認できた。
  • ③実証田試験
  • 醸造を行う場合は酒蔵に依頼することとなるが、模擬水田では収穫量が足りないため、実水田での研究が必要となった。
  • 実証田を探す上では、①処理場の近くに田んぼがある、②農家の理解が得られる、③処理水の水田投入が周囲の用水に影響しない、といった3つの条件があり、これらのフィールド確保が非常に困難であったが、秋田県上下水道局に農業従事者を紹介してもらい、フィールドを確保できた。なお、その近隣の農業集落排水処理施設の処理水はアンモニア濃度が高いといった特徴があった。
  • 1年目(2020年度)の収穫物から、安全性が確保されることが示されたが、粗タンパクは基準を大きく超える結果が得られた。水田の場合にはもともと土壌中にある栄養、すなわち地力があるため、そこへ処理水を投入すると過剰投入になったと考える。
  • 2年目(2021年度)からは農家側から規模拡張の提案があり、合計35アールの実証田で栽培可能となった。対照区含め4区分の圃場を用意し、タイマー制御により処理水の投入量を調整し、圃場ごとに窒素投入負荷を段階的に設定した。
  • 処理水負荷が大きいほど茎数(収穫量の指標)が多くなる結果が得られた。安全基準はクリアでき、玄米粗たんぱくも許容範囲内であった。収量は投入負荷の高い圃場ほど高かったが、同じ圃場内でも収量にムラがあり、全体的な収穫量は少なめであった。
  • 処理水を投入した場合のメタンや亜酸化窒素などのGHGの発生量を測定し、環境影響を評価した。併せて、土壌の酸化還元電位Ehも測定した。
  • その結果、メタンは生育前半の再生水を入れている期間の発生速度が速くなっており、処理水に残存するBODがメタン発生につながったと考える。N2Oは大きな変化はなかった。Ehが低いほどメタンの発生速度は速くなるが、試験区と対象区でその傾向に明確な差は見られなかった。
  • LCCO2で評価した結果、試験区は肥料を投入しない分、炭素投入量は低いが、GHGの発生量が多くなる傾向にあるため、処理水の投入量の調整により削減が必要であることが分かった。
  • ④醸造
  • 出羽鶴酒造に本プロジェクトの趣旨に賛同してもらえた。クラウドファンディングで賛同者を募り、原資を調達した。
  • 玄米品質以外に起因するトラブルにより一度目の醸造は失敗したが、今年度も取組を継続しており、品質・収量の向上や環境への影響を評価しつつ、技術の洗練化と水平展開を目指すことで、来春の商品化を計画している。
  • ⑤教育的・社会的意義
  • 水環境や水処理、農業などの学際分野に始まり、農家や酒蔵等との接点といった社会的つながりを体験できるため、学生にとっては持続可能な開発のための教育(ESD)となっている。
  • 醸造した商品を環境配慮型清酒として広く世にアピールし、広く持続可能な社会の形成に繋がる技術の形成、及びこれによる社会の変化により、最終的にはSDGsを達成することが目標である。
  • 一般の人にとっては下水処理水と下水の違いは明確ではない。つまり、処理水であっても「くさく」「きたなく」「危険」などのイメージがあるため、本プロジェクトを通じて下水処理水は資源であることを様々なチャンネルで発信し、従来のイメージを払拭していきたいとも考えている。
  • 3.質疑
  • ①田んぼで実証実験を行う際、農家の理解をどのように得たのか。下水再生水を使うことに、最初は抵抗感があったと思うが、それをどのように払拭していったのか。
    ⇒抵抗感のない方と、大きく抵抗を示す方とに二分され、多くは後者であった。今回賛同いただいた農家は前者の、非常に寛容な方であり、プロジェクトに関する説明も非常にスムーズに行えた。酒蔵の場合は売れるかどうかが一番の問題であるため、在庫を抱えさせることがないように原資を用意すれば、基本的にはどこでもやってもらえるのではないかと思う。今回賛同いただいた酒蔵は、以前もビストロ下水道やコンポストでの試みに賛同された酒蔵だったため、バックグラウンドがあったことが助けになった。また、役所と農家のつながりがあることも大きな助けとなった。
  • ②アンモニアの投入負荷はどのように調整したのか。
    ⇒投入量に対してアンモニア濃度を乗じて負荷に換算した。狙った負荷が狙った時期に投入できるようにタイマー制御した。通常の稲のように肥料を追加で入れていくことにこだわる必要がなく、液肥の投入時期の自由度が高い。
  • ③水の管理が難しいと思うが、アドバイスを受けたのか。
    ⇒水の管理や畦の除草などは、賛同いただいた農家の力を借りているが、ある程度は自分たちでコントロールしながら実験を進めている。
  • ④アンモニア濃度の時期変動に対する管理はどうしているのか。
    ⇒農業集落排水であるため、窒素の形態はほとんどがアンモニアであり、亜硝酸や硝酸は含まれていない。処理水が必要となるのが5月~6月頃までの約1カ月であるが、その程度の期間ではアンモニアの濃度は大きく変化しない。処理の方法によっては無機窒素の比率が変わるため、研究が必要である。
  • ⑤現時点の田んぼの大きさではどのくらいの収量があり、それがどのくらいのお酒になるのか。
    ⇒現時点の田んぼの広さは35アールであり、およそ1.4 tの玄米が収穫できる。精米歩合50%であるため、白米は700 kgとなる。酒樽には500 kg単位でしか投入できないが、ここから得られるお酒は四合瓶で約2000本になる。今年は天候不順のため、昨年度よりは収穫量が少ないかもしれない。
  • ⑥他の企業などで事例はあるのか。今後の展望はあるか。
    ⇒下水再生水やコンポストを使った同じような試みは日本全国で色々ある。お試し程度の事例ではあるが、一昨年度にマンゴーやパパイヤを栽培してみた。通常の肥料を使用したもの、処理水を使用したもの、いずれも無事に収穫でき、味も上出来であった。
  • ⑦稲は硝酸でなくアンモニアの方が使いやすいのか。
    ⇒アンモニアの方が望ましいようである。
  • ⑧温室効果ガスの取り込み、吸収効果はあるのか。
    ⇒田んぼから発生する温室効果ガスは、メタンが最も重要視されるが、田んぼはソース(供給源)としての機能が大きく、シンク(吸収源)にはなり得ず、処理水を用いてもメタン酸化細菌の活動がメタン生成菌よりも優位になることはないとの認識である。
  • ⑨土壌のEhがプラス側になるデータが示されているが、どの様な状況の時か。
    ⇒稲は間断灌漑(水を張ったり抜いたりする方法)により生育しており、最終的にはコンバインを導入することもあり、圃場の乾燥度合いを強くしている。Ehはそのような土壌の乾燥度合いの強い時に上昇している。
  • 講演中の様子(Zoomにて開催)
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