公益社団法人 日本水環境学会
水環境懇話会 活動報告

第57回水環境懇話会 議事録(令和5年11月8日)

浅田 安廣氏
京都大学大学院 工学研究科附属
流域圏総合環境質研究センター 准教授

 第57回水環境懇話会では、京都大学大学院工学研究科准教授の浅田安廣氏をお招きし、カビ臭産生藻類の監視強化に向けた取り組みについて講演いただいた。その後の質疑応答では参加者との活発な意見交換が行われた。

1.経歴紹介

 2011年4月に京都大学大学院工学研究科の助教に就任された。2018年から国立保健医療科学院の主任研究官を経て、2023年10月より京都大学大学院工学研究科に戻られ、准教授に着任されている。
 当日ご講演いただいたカビ臭産生藍藻類のモニタリングに関する研究や、カビ臭物質の処理、病原微生物・ウイルスの測定、除去、不活化に関する研究に従事されている。

2.講演内容
 カビ臭産生藻類の監視強化に向けた取り組みについてご講演いただいた。

①水道におけるカビ臭問題
  • 水道における異臭味被害の発生状況経年変化を分析すると、高度浄水処理の導入等により大規模事業体を中心に被害人口は減少しているが、被害事業者数は全国的に増加傾向にあることが分かる。
  • 異臭味問題の中でも、カビ臭問題は83%と最も割合が高いことから、カビ臭問題の解決は異臭味問題の解決において非常に重要である。
  • 異臭味問題(カビ臭)の歴史は古く、10世紀後半には貯水池の藻類による異臭問題が欧米諸国で発生していたことを文献調査により確認している。1920年代に放線菌がカビ臭発生の原因と判明した一方で、藻類もカビ臭発生の原因であると認められるには時間を要しており、1970年代に純粋培養した藍藻類からカビ臭原因物質を検出したことで、藻類も原因生物であることが認められるようになった。
  • 国内では、昭和40年代頃から全国的な規模で発生しており、平成4年にジェオスミンと2-MIBが「快適水質項目」に設定され、平成15年には「水質基準項目」に格上げされた。
  • 平成5年から平成30年を調査期間とした文献調査では、カビ臭発生事例として関東での事例が約40%と最も多かった一方で、東北や北海道などの寒冷地域における事例も確認された。カビ臭原因物質としては2-MIBは45%、ジェオスミンは29%であり、カビ臭原因生物としては藍藻類が70%、放線菌は9%、両方が5%という結果であった。

  • ②カビ臭原因物質と産生藍藻類
  • 浮遊性・底生性のカビ臭産生藍藻類はダム湖等の閉鎖性水域に生息しており、付着性のカビ臭産生藍藻類は河川流域上流部に生息している。
  • 浮遊性藻類は属によって増殖温度が異なり、問題となる季節も異なる。
  • 付着性藻類としてはPhormidium autumnaleが重要藻類として挙げられる。夏期に高濃度で確認されるケースが多いが、冬季でも2-MIB濃度の上昇が確認されるケースもある。
  • 冬場は水温低下によりオゾンや粉末活性炭の処理能力が低下するため、住民からカビ臭の苦情を受けるケースが確認されている。
  • 日常監視による水源の状況把握では、光学顕微鏡を用いた計数カウントが一般的であるが、藻類の種類が豊富な水源では時間を要してしまう。最近の傾向として、自動検出に関する技術開発が進んでいるが、経験による判別に対してどこまで追いつけるかが課題となっている。
  • 光学顕微鏡はモニタリングに用いることが多いが、種判定まで行うには多くの経験が必要であり、ほとんどは属判定までが限界である。詳細な種判定を行うには電子顕微鏡などを用いる必要があるが、準備等を考慮すると現場で行うのは困難である。

  • ③カビ臭原因物質産生藍藻類のデータベース構築
  • 監視技術を上げるためには、まずはデータベースを構築する必要があると考え、全国調査を実施した。
  • 平成30年度から令和3年度にかけて、全国のカビ臭発生水域30水源(ダム湖、河川、貯水池など)を対象に調査を実施して、形態情報、カビ臭原因物質産生能評価、遺伝子検出・配列解析等を行い、18種68株のカビ臭原因物質産生株の情報取得に成功した。
  • 形態情報による現在の判別方法では、カビ臭産生株・非産生株の判定は困難であり、産生株であるかの判断には、GC/MSの臭気検出(単離株が必要)または遺伝子解析が必要であることが問題点となっている。

  • ④藻類監視に対する遺伝子検査の有用性について
  • 藻類監視において、顕微鏡による観察は必須ではあるが、限界もある。モニタリングへの遺伝学的手法の活用として、カビ臭産生藻類が持つ特異的な遺伝子(カビ臭原因物質合成に関連する遺伝子)のPCR検出、原因藻類の量的変化を把握可能とする定量PCR、同定可能な(定量)PCR系の開発など、段階的な検討を進めている。
  • 遺伝子検査の将来展開としては、浮遊性藻類に対しては発生予測・原因種の同定、付着性藻類に対しては発生源の推定への活用を見据えている。
  • 簡易的にPCRモニタリングを実施できるよう、ポータブル型リアルタイムPCRと簡易なDNA抽出法の組合せによる手法の開発も進めている。

  • ⑤まとめ
  • ここ数年間において生物障害に関わる新種発見が報告されており、冬季におけるカビ臭発生事例も報告されている。
  • 将来の気候変動等により藻類の特徴等の変化など予期せぬ事態が発生した時、原因究明・モニタリングの体制が非常に重要であり、今回のPCR活用はその1つのツールである。
  • 3.質疑応答
    質疑応答においては活発な議論がなされた。その一部を以下に挙げる。
  • 水道におけるカビ臭問題の文献調査について、北海道等の寒冷地域における事例はここ数年で報告されるようになったものなのか。
  • ⇒平成25年度に実施した生物障害に関するアンケート調査では、北の方でもカビ臭に関する報告があったことを確認している。また、近年の温暖化に伴う水温上昇によってカビ臭が問題となるレベルまで増えてきたという背景はあると考えられる。過去数十年間に一度というように確認されていた事例が今後は定常化してしまう可能性もある。
  • カビ臭原因物質の産出にあたり、藻類の体内で生成された2-MIBやジェオスミンが体外に出てきたものを産出しているという理解でよいか。
  • ⇒ジェオスミンを生成するDolichospermum属は99%以上を細胞内に蓄える性質を持っており、定常期のタイミングや環境中の殺藻細菌により細胞が壊れたタイミングで体外に出ていく。2-MIBを生成するPseudanabaena属等は20~30%を体外に放出する性質であるため、増殖とともに2-MIBの濃度も増加していく。このように、カビ臭原因物質が藍藻類の細胞内に含まれているため、浄水場において、藻類を前塩素処理して細胞が破壊されると一気に濃度が増加する可能性がある。そのため、藍藻類が大量に発生した場合は前塩素処理をしないという対応が取られることが多い。種の同定と定量ができれば、前塩素処理の実施判断もできると考えられる。
  • 藻類はなぜカビ臭原因物質を合成するのか。
  • ⇒本当の意味での正解はまだわかっていない。過去の研究では、特定の細菌の活性を弱めている可能性について報告されている。合成経路を見ると、通常の代謝で出てくるものであるため、何かしらに活用していると考えられるが、体内に保持するものもあれば、体外に放出するものもあるため、生物活性を落とすことを目的としているとは限らないと考えられる。
  • 講演中の様子(現地会場)
    講演中の様子(Zoom)
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